秦野の秋 — 丹沢の紅葉とひやおろしと、名水の町の11月

秦野の秋 — 丹沢の紅葉とひやおろしと、名水の町の11月

11月の秦野は、色が変わる。

弘法山の桜並木が黄色と赤に染まり、丹沢の稜線は手前から奥に向かってグラデーションを描く。ケヤキの葉が風に吹かれて秦野盆地に舞い落ちるころ、酒蔵では「ひやおろし」の出荷がピークを迎え、来月から始まる新しい仕込みに向けて蔵の掃除が始まっている。

秦野は東京から近い。新宿から小田急線で約70分。しかしこの70分の移動で、空気が変わる。盆地特有の冷え込みがある11月の秦野は、朝晩と日中の寒暖差が大きく、紅葉の色づきが良い。そして寒暖差は酒の熟成にも影響を与える——と言えば話ができすぎだが、「涼しくなった空気の中で飲む熟成酒」の美味しさは、夏には絶対に得られないものだ。

この記事では、秋の秦野を訪ねるための情報を書く。紅葉スポット、ひやおろしの飲み方、そして名水の町の11月を歩く具体的なルートを示す。


目次

なぜ「ひやおろし」は秋に出るのか

秋の日本酒といえば「ひやおろし」。しかしこの言葉の意味を正確に知っている人は少ない。

ひやおろしとは、冬に仕込んで春に一度火入れ(加熱殺菌)した酒を、夏の間蔵の中で熟成させ、秋に二度目の火入れをせず「冷や」のまま「卸す」(出荷する)酒のことだ。名前の由来がそのまま製法を表している。

通常の日本酒は瓶詰め前にもう一度火入れ(二回目)をして品質を安定させる。しかしひやおろしは二回目の火入れを省略する。これによって、夏の間に穏やかに進んだ熟成の味わいがそのまま瓶に閉じ込められる。

ひやおろしの味わいの特徴は「角が取れたまろやかさ」だ。しぼりたての新酒にある若さや荒々しさが消え、かわりに穏やかな旨味とやわらかい口当たりが生まれる。同じ蔵の同じ銘柄でも、新酒とひやおろしでは驚くほど味が違う。

比較項目 新酒(冬〜春) ひやおろし(秋)
火入れ なし or 1回 1回(春のみ)
熟成期間 ほぼなし 約半年
香り フレッシュ、華やか 穏やか、落ち着いている
味わい 若い、ピチピチした酸 まろやか、旨味が深い
合う温度帯 冷酒 常温〜ぬる燗が最高
合う料理 刺身、軽い前菜 きのこ、根菜、煮物、秋刀魚

ひやおろしは秋の味覚と抜群に合う。秋刀魚の塩焼き、松茸の土瓶蒸し、栗ご飯、きのこの天ぷら——秋の食材はどれも旨味が強く、ひやおろしのまろやかさと正面から調和する。冷酒で飲むより、常温〜ぬる燗で飲む方がこの相性は際立つ。


秦野の紅葉 — 弘法山と丹沢の色づき

秦野で紅葉を見るなら、まず弘法山だ。

弘法山公園は秦野駅から徒歩で登れる標高235mの小さな山で、ハイキングコースとして整備されている。山頂からは秦野盆地を一望でき、空気が澄んだ日には富士山が見える。

紅葉の見頃は例年11月中旬〜12月上旬。弘法山の紅葉はソメイヨシノ(桜)の紅葉が主で、イチョウの黄色とカエデの赤が混じる。春には桜、秋には紅葉——同じ木が季節で全く違う顔を見せるのが面白い。

弘法山から権現山、浅間山へと縦走するルートは、歩行時間約2時間。途中の展望台からは秦野盆地と丹沢の山並みが重なり、11月の午後の斜光で山肌の紅葉が立体的に見える。

丹沢の紅葉 — 標高で変わる色づき

丹沢山系は標高1,000m以上の稜線から順に紅葉が降りてくる。10月上旬に丹沢山(1,567m)周辺で始まり、10月下旬にヤビツ峠(761m)、11月に入って低山部と麓に降りてくる。

エリア 標高 紅葉見頃の目安 特徴
丹沢山・塔ノ岳 1,400〜1,567m 10月上旬〜中旬 ブナの黄葉が主体。稜線から見下ろす景色
ヤビツ峠周辺 700〜800m 10月下旬〜11月上旬 モミジ・カエデの赤が鮮やか
弘法山・権現山 200〜300m 11月中旬〜12月上旬 桜・イチョウの黄色系が多い
秦野市街地 100〜150m 11月下旬〜12月中旬 街路樹のイチョウ、公園の紅葉

つまり11月に秦野を訪ねると、弘法山の紅葉がちょうど見頃で、丹沢の高い山は紅葉が終わりかけ——「秋の終わりと冬の始まり」が同時に見える。この時期の秦野盆地は朝霧が出ることがあり、朝霧の中から紅葉が浮かび上がる風景は写真好きにはたまらない。


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秋の秦野一日モデルコース

11月の土曜日に秦野を訪ねるモデルコースを組んでみる。

9:30 秦野駅着。 新宿から小田急線急行で約70分。改札を出ると、空気がひんやりしている。盆地の11月の朝は都心より数度低い。 10:00 弘法山ハイキングへ。 秦野駅から浅間山の登山口まで徒歩15分。浅間山→権現山→弘法山と縦走する。距離約4km、歩行時間約2時間。紅葉のトンネルを歩く区間があり、この日のハイライト。権現山の展望台で秦野盆地と富士山のパノラマを楽しむ。 12:00 弘法山から下山、鶴巻温泉方面へ。 弘法山の東側に下りると鶴巻温泉駅方面。鶴巻温泉「弘法の里湯」(日帰り入浴、2時間800円前後)でハイキングの汗を流す。カルシウム泉で疲労回復に良い。 13:30 秦野駅に移動、昼食。 鶴巻温泉駅から秦野駅まで小田急線で一駅3分。秦野駅周辺で昼食。蕎麦屋や定食屋で秋の味覚を——秋刀魚、きのこ蕎麦、栗ご飯など。歩いたあとはまず水でしっかり喉を潤して。食事と一緒に一杯ひやおろしを常温で添えるなら、秋の料理×ひやおろしは黄金の組み合わせだ(このあと運転がある人や、まだ歩く予定がある人は控えて、夜のお楽しみに)。 15:00 金井酒造店へ。 秦野駅からバスで約10分。蔵元の直売所で白笹鼓を購入できる。ひやおろしが残っていれば即買い。11月は出荷終盤なので、売り切れの場合もある。秋限定を買いそびれたとしても、通年商品の純米吟醸(¥1,760/720ml)や大吟醸(¥3,300/720ml)は間違いない。 16:00 秦野の湧水を巡る。 秦野は「名水百選」に選ばれた湧水群がある。弘法の清水、護摩屋敷の水など、市内にいくつかの湧水ポイントが点在している。金井酒造店の仕込み水も丹沢の伏流水で、この水が白笹鼓のやわらかい味わいの根底にある。酒を買ったあとに水源を訪ねると、「この水がこの酒になったのか」という実感が湧く。 17:00 秦野駅から帰路。 買った酒をバッグに入れて、小田急線で新宿へ。夕方の車窓から丹沢のシルエットが夕焼けに沈んでいくのを見ながら帰る。家に着いたら、今日買ったひやおろしを開けて、コンビニで買った秋刀魚の缶詰と合わせる。紅葉の記憶と一緒に飲む秋の酒は、格別だ。

ひやおろしの飲み方 — 秋に最適な温度帯

ひやおろしは「常温〜ぬる燗」が本領を発揮する温度帯だ。

冷蔵庫でキンキンに冷やすと、せっかくの熟成の旨味がおとなしくなってしまう。かといって熱燗にすると、香りが飛ぶ。ぬる燗(40℃前後)が、ひやおろしの旨味と香りのバランスが最も良い温度帯だ。

ぬる燗の作り方は簡単だ。徳利に酒を入れ、鍋に湯を沸かし、火を止めてから徳利を入れて3〜4分待つ。指で徳利の底を触って「やや温かい」と感じたらちょうどいい。温度計があれば40℃を目安に。

11月の夜、やや肌寒い部屋で、ぬる燗のひやおろしをちびちびやりながら秋刀魚を食べる。この楽しみを知っている人は、秋が来るのを毎年待ちわびるようになる。


秋の秦野と酒 — 季節×土地×酒の三重奏

秦野の秋には、3つのものが重なっている。

丹沢の紅葉。 10月から12月にかけて標高順に色づいていく。自然の時間軸が目に見える。 ひやおろし。 冬に仕込み、春に火入れし、夏に熟成させ、秋に出荷する。醸造の時間軸が味に現れる。 名水。 丹沢に降った雨が地下を通り、何年もかけて秦野盆地に湧き出す。地質の時間軸が水に含まれている。

3つの時間軸が秋に交差する。紅葉を見て、湧水に触れて、ひやおろしを飲む——秋の秦野は「時間の味」を体験できる場所だ。

都心から70分。日帰りで十分に楽しめる距離にこの風景がある。11月の週末、弘法山の紅葉が見頃を迎えるころ、秦野を訪ねてみてほしい。


秋の秦野で買うべき酒 — ひやおろし以外にも

秋に金井酒造店を訪ねたら、ひやおろし以外にも気になる酒がある。

白笹鼓の純米吟醸(¥1,760/720ml)は通年商品だが、秋に飲むと夏に飲むのとは印象が変わる。気温が下がると酒の温度帯が自然に「冷や」(常温)寄りになり、冷蔵庫から出したキンキンの冷酒とは違う旨味が感じられるようになる。秋は日本酒を「常温で楽しむ」季節の入口でもある。

SAKE for Highball(¥2,420/720ml)は、意外にも秋の料理に合う。杉樽由来の清々しい木の香りが、きのこのソテーやローストチキンなど、秋冬の洋食系の料理とマッチする。ハイボールの爽快感は夏のイメージがあるが、秋の少し涼しい夜に飲む日本酒ハイボールも格別だ。

黒笹Eden(M310酵母使用)は、秋の深い味わいの料理——たとえばすき焼きや鴨鍋——と合わせると面白い。M310酵母由来の華やかな香りと、鍋から立ちのぼる出汁の香りが重なって、食卓の空気ごと変わる。

秋は日本酒が最も美味しく感じられる季節だと言う人が多い。気温、湿度、料理、そして蔵から届く酒の性格——すべてが噛み合う季節だからだ。

秋の秦野・実用情報

項目 詳細
アクセス 新宿→秦野 小田急線急行 約70分 / 片道約800円
紅葉見頃(弘法山) 11月中旬〜12月上旬
気温(11月) 日中15〜18℃ / 朝晩5〜10℃。羽織るもの必須
弘法山ハイキング 全長約4km、所要約2時間。舗装路多め、運動靴でOK
鶴巻温泉 弘法の里湯 鶴巻温泉駅徒歩2分 / 2時間800円前後 / 営業日は公式で要確認
金井酒造店 秦野駅からバス約10分。直売所あり。営業時間は要確認

参考文献

- 秦野市観光協会「秦野の紅葉情報」

- 秦野市「名水百選 秦野盆地湧水群」

- 気象庁 過去の気象データ(秦野アメダス)

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