日本酒ができるまで — 米・水・麹・酵母が出会う旅

グラスに注がれた一杯の日本酒。その透き通った液体が手元に届くまでに、どれほどの時間と、どれほどの人の手がかかっているか、考えたことはありますか?

私たち金井酒造店がある神奈川県秦野市は、丹沢山系の清らかな伏流水に恵まれた土地です。創業から150年以上、この水と米と微生物たちの力を借りながら、私たちは酒を醸してきました。今回は、その旅を最初から最後まで、蔵の現場からお伝えします。

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目次

日本酒を生む4つの主役

酒米(さかまい)

日本酒に使う米は、普段食べるご飯の米とは少し違います。「酒米」あるいは「醸造用玄米」と呼ばれる品種で、山田錦や五百万石が代表的です。粒が大きく、でんぷん質が豊富で、雑味の原因となるたんぱく質や脂質が少ないのが特徴。米そのものの個性が、お酒の味わいの土台になります。

水 — 秦野の名水

日本酒のおよそ80%は水でできています。秦野市は「名水百選」にも選ばれた丹沢の伏流水が湧き出る土地。やわらかくミネラルバランスの良いこの水は、麹や酵母の働きを穏やかに引き出し、秦野の酒に独特のやさしい口当たりをもたらしてくれます。

麹(こうじ)

麹菌(Aspergillus oryzae)を蒸した米に繁殖させたものが「米麹」です。麹の役割は、米のでんぷんを糖に変えること。この糖がなければ、酵母はアルコールをつくれません。麹は日本酒の要であり、杜氏たちが最も気を配る工程のひとつです。

酵母(こうぼ)

糖をアルコールと二酸化炭素に変えるのが酵母の仕事です。酵母の種類によって、お酒の香りや味わいは大きく変わります。華やかな吟醸香を生む酵母、穏やかで食中酒向きの酵母など、蔵ごとにこだわりがあります。

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工程を順に追いかけてみましょう

① 精米(せいまい)— 米を磨く

まず玄米を精米機で削り、外側のたんぱく質や脂質を取り除きます。どれだけ磨いたかを示すのが「精米歩合」。50%なら米の半分を削り取ったということ。磨けば磨くほど雑味が減り、繊細でクリアな酒質に近づきますが、それだけ手間もコストもかかります。

② 洗米・浸漬(せんまい・しんせき)

精米した米を洗い、水に浸けて適度に吸水させます。吸水率がわずかに違うだけで、蒸し上がりや麹の付き方が変わってしまいます。そのため、ストップウォッチを片手に秒単位で管理することも珍しくありません。

③ 蒸米(むしまい)

浸漬した米を大きな甑(こしき)で蒸します。炊くのではなく「蒸す」のがポイント。外はしっかり、中はふっくらと蒸し上がった米は、麹づくりと仕込みのそれぞれに使われます。蔵に漂う蒸気と米の甘い香りは、造りの季節の風物詩です。

④ 麹づくり

蒸米の一部を「麹室(こうじむろ)」と呼ぶ温かく湿度の高い小部屋に運び、麹菌を振りかけて2日ほど育てます。麹菌が米の芯まで繁殖するよう、杜氏は昼夜を問わず温度と湿度を管理し、手で米をほぐし続けます。完成した麹はほんのり甘く、栗のような香りがします。

⑤ 酒母(しゅぼ)づくり — 通称「もと」

麹・蒸米・水・酵母を小さなタンクで合わせ、酵母を大量に培養するのが酒母(さかもと)です。酵母が元気に、そして純粋に増えるよう、雑菌を寄せ付けない環境を整えることが重要。この酒母の出来がお酒全体の骨格を左右します。

⑥ 仕込み(三段仕込み)

酒母に麹・蒸米・水を加えて、いよいよ本格的な発酵へ。この添加は一度にまとめて行うのではなく、「初添え→仲添え→留添え」と3回に分けて行います。これが「三段仕込み」です。段階的に加えることで酵母が弱まらず、健全な発酵が続きます。

⑦ 発酵 — 並行複発酵という奇跡

日本酒の発酵の最大の特徴は「並行複発酵」です。同じタンクの中で、麹が米のでんぷんを糖に変える作業と、酵母がその糖をアルコールに変える作業が同時進行します。これはワインやビールにはない複雑なプロセスで、日本酒が高いアルコール度数と豊かな味わいを両立できる理由でもあります。発酵期間は一般的に20〜30日ほど。

⑧ 搾り(しぼり)

発酵を終えた「もろみ」を搾り、お酒と酒粕に分けます。搾り方にも槽搾り、袋吊り、ヤブタ式など種類があり、どの方法を選ぶかで風味や澄み具合が変わります。搾りたての新酒は、フレッシュでにごりを帯びた独特の魅力があります。

⑨ 火入れ・貯蔵・瓶詰め

搾ったお酒は加熱処理(火入れ)をして酵素を失活させ、品質を安定させます。その後、タンクでひと夏を越して熟成させてから(または生のまま冷蔵管理して)、瓶詰めして出荷します。火入れをしない「生酒」はフレッシュな風味が魅力ですが、扱いはより繊細です。

金井酒造店の場合 — 名水と150年の技

秦野の地に蔵を構えて150年以上。私たちが大切にしてきたのは、この土地の水と、それを活かすための丁寧な仕事です。丹沢の伏流水はやわらかく、仕込み水に使うと発酵がゆっくりと穏やかに進みます。急がず、焦らず、米と麹と酵母が自分たちのペースで語り合えるよう、蔵人はそっと見守る。それが金井酒造店の醸造哲学です。

工程のどこかひとつが狂えば、全体のバランスが崩れます。精米から瓶詰めまで、何十もの判断が重なって、ようやく一本の酒が生まれます。長い年月をかけて先人から受け継いできた勘と技を、私たちは次の世代へとつないでいます。

旅の終わりに

米が磨かれ、水に溶け、麹に出会い、酵母と踊り、やがて一滴の酒になる。その旅は、蔵の中で静かに、しかし確実に続いています。

次にグラスを傾けるとき、少しだけその旅に思いを馳せてみてください。味わいがきっと、また少し違って感じられるはずです。

金井酒造店 / 神奈川県秦野市

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