寒造りの理由 — なぜ冬に酒を仕込むのか
Share
酒蔵の一年で最も静かな季節は、夏です。そして最も賑やかな季節は、冬です。 外が凍えるほど寒い早朝から、蔵人たちは火を入れ、米を蒸し、麹を育てます。 世間が年の瀬のあわただしさに揺れる頃、金井酒造店の蔵の中では、 また新しいお酒がゆっくりと、息をはじめています。

なぜ日本酒は、わざわざ寒い冬に仕込むのでしょうか。 今回はその理由を、蔵の風景とともにご紹介します。
目次
寒造りとは — 冬に仕込む伝統
日本酒の醸造は、大きく分けて「寒造り(かんづくり)」と「四季醸造」のふたつがあります。 寒造りとは、晩秋から早春にかけての寒い時期、おおむね11月〜3月ごろに集中して 仕込む伝統的な製法です。
江戸時代以前は、春・夏・秋・冬と年に何度も仕込む「四季醸造」が行われていました。 しかし夏場の酒は腐造(ふぞう)しやすく品質が安定しません。 そこで江戸幕府は冬の仕込みを奨励し、寒造りの酒を「諸白(もろはく)」として 上質なものと位置づけました。以来、冬仕込みは日本酒造りの王道として 300年以上にわたって受け継がれてきました。
なぜ冬なのか
低温が、雑菌から酒を守る
日本酒の醸造は、麹菌(こうじきん)と酵母という微生物のはたらきに支えられています。 しかしその一方で、乳酸菌以外の雑菌が入り込むと、風味が損なわれたり、 最悪の場合は腐造してしまいます。
冬の低温は、こうした有害な雑菌の繁殖を自然に抑えてくれます。 人工的な殺菌処理に頼らずとも、寒さそのものが蔵を清潔に保つ役割を果たすのです。 冬の冷気は、蔵人にとっての最良の番人とも言えます。
ゆっくり発酵させることで、味が深まる
酵母は温度が高いほど活発に働き、発酵が早く進みます。 しかし急いで発酵させたお酒は、香りや旨みが荒削りになりがちです。 冬の低温の中でゆっくりと発酵させることで、酵母は丁寧に糖をアルコールへと変え、 きめ細やかな香りと深い味わいが生まれます。
また気温が低いと、蔵人が温度管理をしやすいという利点もあります。 熱をかけて温めることはできても、夏の暑さを取り除くのは難しい。 冬の蔵は、発酵の速度を蔵人が自在にコントロールできる、理想的な環境なのです。
新米が使える、収穫直後のタイミング
秋に稲が実り、10月ごろに収穫された新米は、十分に乾燥・精米の工程を経て 11月ごろから仕込みに使えるようになります。 寒造りのシーズンは、ちょうど最も状態のよい新米が手元に揃うタイミングと重なります。 良い米から、良い酒が生まれる。この自然なサイクルに、寒造りは沿っています。


蔵の便りをメールで受け取りませんか? 新酒の案内や季節限定酒の情報をお届けしています。会員登録はこちら(無料)
冬の蔵の風景 — 蒸気、麹の香り、静けさ
朝5時を過ぎると、蔵の煙突から白い湯気が立ち上りはじめます。 大きな甑(こしき)で米を蒸す音、ざるに広げた蒸米から上がる熱気。 蔵人たちは言葉少なに動き、手と体で温度を確かめながら、次の工程へと進みます。
麹室(こうじむろ)に近づくと、甘くやわらかな香りが漂います。 栗のような、あるいは白い花のような、米と麹菌が織りなす独特の香り。 この香りをはじめて嗅いだとき、多くの方が「こんなに甘い匂いがするのですか」と おっしゃいます。日本酒のお酒らしい香りとは、まったく異なる、 生命の匂いとでも言いましょうか。
仕込みタンクの前に立つと、かすかにぽこぽこと泡立つ音が聞こえます。 酵母が生きているのです。蔵の中には、機械のような無機質な音はなく、 ただ発酵の呼吸音と、蔵人の足音だけが響いています。

秦野の冬 — 丹沢おろしが蔵を冷やす
金井酒造店が蔵を構える神奈川県秦野市は、丹沢山地の南麓に位置しています。 冬になると、丹沢の尾根から「丹沢おろし」と呼ばれる冷たく乾いた北風が吹き下ろし、 秦野盆地の気温を一段と下げます。
この風が、蔵にとっては天からの贈り物です。 山から届く清冽な冷気が蔵の壁を冷やし、仕込み水となる地下水も澄んで冷たい。 秦野の厳しい冬の気候そのものが、金井酒造店の酒の味を支えているのです。
霜の降りた早朝、丹沢の稜線が白く輝く日の酒は、 どこか凛とした張りがあると、蔵人たちは口をそろえます。

蔵見学で、冬の仕込みを見る
金井酒造店では、仕込み期間中に蔵見学をご案内しています(要予約)。 蒸気の立つ蔵の朝、麹室の甘い香り、発酵するタンクの音 —— お酒の味わいは、こうした五感の記憶とともに、より深く体に刻まれます。
見学後には、その年の新酒をお試しいただくことも可能です。 ぜひ一度、冬の蔵の空気を、直接感じにいらしてください。
寒造りは、寒さを克服する技術ではなく、寒さとともにある知恵です。 冬の厳しさを、そのまま酒の旨みへと変える。 それが、何百年も変わらない日本酒造りの本質なのかもしれません。
丹沢おろしが吹く頃、金井酒造店の蔵ではまた、静かに酒が育っています。
金井酒造店(神奈川県秦野市)
寒造りの酒を味わうなら
白笹鼓 大吟醸 ¥4,400
白笹鼓 純米大吟醸 ¥4,950
秦野の蔵から、季節の便りをお届けしています
新酒ができたこと、蔵で何が起きているか、次の季節限定酒のこと—— 金井酒造店のメールマガジンでは、蔵の日常と旬のお知らせをお届けしています。 会員登録いただくと、新商品の先行案内や限定酒の情報もお届けします。
会員登録する(無料) ※ 登録時に「メールマガジンを受け取る」にチェックを入れてください
あわせて読みたい
- 日本酒ができるまで — 米・水・麹・酵母が出会う旅
- 麹とは何か — 日本酒の「見えない主役」の話
- 杜氏と蔵人 — 酒を造る人たちの一日