塔ノ岳・鍋割山・弘法山 — 表丹沢の山と蔵元の酒
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※ 写真はイメージです
表丹沢には三つの山がある。標高も難易度もまるで違うけれど、どの山も秦野市から登り始めて、秦野市に下りてくる。塔ノ岳は1,491メートル。鍋割山は1,272メートル。弘法山は235メートル。この三座が、同じ「秦野の山」として語られること自体が、秦野という街のスケールの大きさを物語っている。
そしてこの三つの山すべてに共通する帰り道の風景がある。下山して、汗を拭いて、蔵元に寄って帰る——そういう一日の終わり方ができるのは、表丹沢のネイチャーアクティビティならではのぜいたくだ。
秦野市堀山下182-1。明治元年(1868年)創業の金井酒造店は、大倉バス停からほど近い場所にある。塔ノ岳や鍋割山の登山口と、蔵元の直売所。その距離感を知っているだけで、登山の計画が少し変わる。
塔ノ岳——大倉尾根を登る表丹沢の王道
塔ノ岳は丹沢山系の中でもっとも登山者が多い山の一つだ。標高1,491メートル。山頂からの眺望は圧倒的で、晴れた日には富士山が正面に見え、相模湾まで一望できる。東京や横浜から日帰りで登れる山としては、これ以上の展望を持つ山はそうそうない。
メインルートは大倉尾根。通称「バカ尾根」と呼ばれるこのルートは、ひたすら登りが続くことからそう名づけられた。標高差約1,200メートルを一気に詰めていく。楽な山ではない。でもだからこそ、山頂に立ったときの達成感がある。
起点は大倉バス停。小田急線渋沢駅から神奈中バスで約15分。戸川公園のすぐ近くで降りて、そこから山に向かって歩き出す。
コースタイムは登り約3時間半から4時間。健脚な人で3時間を切ることもあるが、初めてなら4時間は見ておいたほうがいい。下りは2時間半から3時間。往復で7時間前後の行動時間になる。
大倉尾根の途中には山小屋がいくつもある。見晴茶屋、駒止茶屋、堀山の家、花立山荘、そして山頂の尊仏山荘。水や食べ物を補給できるポイントがあるのは心強い。ただし平日は営業していない小屋もあるので、水は多めに持っていくことをおすすめする。
秋から冬にかけての空気が澄んだ日、山頂から見る富士山は言葉を失うほど美しい。春は新緑とツツジ。夏は早朝出発で涼しいうちに山頂を踏みたい。四季を通して登れる山だが、冬場は積雪や凍結があるのでアイゼンの準備を忘れずに。
塔ノ岳を日帰りで登り切った後、バスで渋沢駅に戻る前にもう一つだけ寄り道がある。大倉バス停のすぐ近く——金井酒造店の直売所だ。登山で消耗した体に、蔵元の冷えた酒。これが表丹沢登山の本当の完成形だと、地元の人は知っている。
鍋割山——あの鍋焼きうどんと、その先にある風景
鍋割山は標高1,272メートル。塔ノ岳より少し低いけれど、山頂の鍋割山荘で食べる鍋焼きうどんがあまりにも有名で、登山者の間では「うどんの山」として知られている。寒い季節に山頂で食べる熱々のうどんは、それだけを目的に登る人がいるほどの名物だ。
鍋割山へのルートもまた大倉が起点になる。大倉バス停から林道を進み、二俣を経て後沢乗越から山頂を目指す。コースタイムは登り約3時間半。大倉尾根とは違い、前半は林道と沢沿いの道が続くので、最初のうちは穏やかな歩きになる。
二俣から先、鍋割山荘で使う水をペットボトルで荷揚げするのが「鍋割山の流儀」だ。登山口近くにペットボトルが置かれていて、余裕のある登山者はこれを担いで山頂まで運ぶ。山小屋の水源を支えるボランティアのような仕組みで、鍋割山を歩く人のちょっとした誇りになっている。
※ 写真はイメージです
山頂からの眺めもすばらしい。富士山と相模湾。天気がよければ遠く伊豆半島まで見渡せる。鍋焼きうどんを食べて、その景色を眺めて、来た道を下りる。あるいは小丸から大丸を経て、塔ノ岳まで縦走する人もいる。縦走すれば大倉尾根を下って大倉バス停に戻れるので、周回ルートが組める。
どのルートで下りても、終着点は大倉だ。そして大倉から蔵元までは近い。鍋焼きうどんで温まった体が、下山の汗で冷えたころ、ちょうど蔵元に着く。白笹鼓(しらささつづみ)の純米酒を一杯。山の名水で仕込まれた酒が、鍋割山を歩いた体にしみわたる。
弘法山——秦野駅から歩ける、いちばん気軽な山
塔ノ岳や鍋割山が「登山」なら、弘法山は「散歩の延長」だ。標高235メートル。秦野駅から歩いて行ける。登山靴でなくてもいい、スニーカーで歩ける。それでいて、山の上からの景色はちゃんと「山に来た」という感覚を味わわせてくれる。
弘法山ハイキングコースの定番は、秦野駅→浅間山→権現山→弘法山→吾妻山→鶴巻温泉駅の縦走だ。全長約7キロ、所要時間は2時間から2時間半ほど。
権現山(243メートル)の展望台からは秦野市街を見下ろせる。晴れた日に富士山が見えると、小さな歓声が上がる。弘法山の山頂には弘法大師ゆかりの釈迦堂がある。弘法大師がこの山で修行したという伝説が山名の由来だ。吾妻山を経て鶴巻温泉駅に下りれば、駅前の日帰り温泉「弘法の里湯」で汗を流せる。ハイキングから温泉まで、半日できれいにまとまるコースだ。
春の弘法山は格別だ。ソメイヨシノが約2,000本。権現山から弘法山にかけての桜のトンネルは、秦野の桜の名所として知られている。花見の季節には多くの人が訪れるが、街中の花見と違って、山の上で咲く桜には静けさがある。
秋は紅葉。冬は澄んだ空気の中での富士山。夏は木陰が涼しいが、暑い日は朝のうちに歩くのがいい。四季どの季節でも歩けるのが弘法山の強みだ。
そしてここからが大事な話になる。金井酒造店には「弘法山」という名前の酒がある。弘法山を歩いて、秦野に降りてきて、「弘法山」というラベルの日本酒を手に取る。山の記憶とお酒の名前が一致する瞬間——これが、弘法山ハイキングの最高の土産になる。
弘法山という酒は、弘法大師ゆかりのこの山にちなんで名づけられた金井酒造店の銘柄だ。秦野の名水百選に選ばれた地下水で仕込まれたその酒は、弘法山を歩いた人にとって、ただのお酒ではなくなる。山の名前がそのままラベルに書いてある。歩いた山を、瓶に入れて持って帰れるようなものだ。
大倉という場所——登山口と蔵元が隣り合わせの奇跡
表丹沢の登山の多くは大倉から始まる。塔ノ岳も鍋割山も、大倉バス停が起点だ。バスを降りて、登山届を出して、歩き始める。そして下山してきたら、同じバス停からバスに乗って渋沢駅に戻る。
金井酒造店は、その大倉のすぐ近くにある。秦野市堀山下182-1。戸川公園の入口からそう遠くない場所だ。つまり登山前に蔵の前を通り、下山後にまた蔵の前を通る。この地理が生み出す「ついでの一杯」が、表丹沢の登山をほかの山域とは違うものにしている。
金井酒造店の直売所は月曜から土曜、朝9時から夕方5時まで営業している(日曜は不定休)。下山してバスに乗る前に、少しだけ足を伸ばしてみるのもいい。渋沢駅からは徒歩約25分の場所だが、大倉方面からならもっと近い。
直売所では、白笹鼓(しらささつづみ)の各種日本酒はもちろん、クラッチュ 湘南潮彩レモン40やSAKE for Highball、ウメザケ、ミライザケなど、金井酒造店の全ラインナップが揃っている。試飲ができることもあるので、登山後の楽しみとして覚えておいてほしい(運転する人はお持ち帰りで)。
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登山後の一杯——何を選ぶか
山を歩いた後の一杯は、ふだんの晩酌とはまったく違う。体が水分を欲していて、疲労がほどよくたまっていて、五感がひらいている。そういう状態で飲む酒は、ふだんの何倍もうまい。
白笹鼓の純米酒は、秦野の湧き水で仕込んだ、すっきりとした味わいの日本酒だ。山歩きで乾いた喉に、冷やした純米酒を流し込む。秦野の地下水が酒になって、登山者の喉を潤す——これは秦野だからこそ成立する循環だ。
夏場なら、クラッチュ 湘南潮彩レモン40を炭酸で割ったレモンサワーが格別だ。果汁40%の本気のレモン。大吟醸ベースだから、香りが違う。登山で火照った体に、レモンの酸味と炭酸の爽快感が駆け抜ける。
秋から冬にかけては、白笹鼓の本醸造をぬる燗で。冷えた体に温かい酒がじんわりと染みていく。塔ノ岳の山頂で見た富士山を思い出しながら飲む燗酒は、一日の仕上げとしてこれ以上ない。
弘法山を歩いた日なら、迷わず「弘法山」を選んでほしい。歩いた山の名前がラベルに書いてある酒を飲む。それだけのことだけれど、その体験は忘れがたいものになる。
滝沢園でも買える——キャンプと山と酒
大倉の奥、水無川沿いにある滝沢園キャンプ場は、表丹沢のネイチャーアクティビティの拠点として多くのキャンパーに愛されている。テント泊もバンガロー泊もできて、川のせせらぎを聞きながら過ごす夜は格別だ。
この滝沢園でも、金井酒造店の酒が買える。弘法山や白笹鼓の冷や酒が、キャンプ場の売店に並んでいる。昼間は山を歩いて、夕方にキャンプ場に戻って、焚き火を囲みながら蔵元の酒を飲む。そういう一日が、大倉では可能だ。
鍋割山を日帰りで歩いた帰りに滝沢園に泊まる、という計画もいい。山の疲れをキャンプ場で癒して、翌朝ゆっくり帰る。その夜に飲む酒が、近くの蔵元で造られたものだということ。その土地の水で、その土地の人が造った酒だということ。ネイチャーアクティビティの醍醐味は、そういう「その土地にしかないもの」に触れることだ。
これからのアクセス——新東名秦野丹沢SA
現在、表丹沢へのアクセスは小田急線の渋沢駅が中心だ。東京の新宿から小田急ロマンスカーで約1時間。横浜からなら相鉄線経由で海老名乗り換え、渋沢まで約1時間。都心からの日帰り圏としては、絶妙な距離感にある。
車なら東名高速の秦野中井ICが最寄りだが、ここに大きな変化が訪れようとしている。新東名高速道路の秦野丹沢IC、そして2028年頃に開業予定の秦野丹沢サービスエリアだ。
新東名が全線開通すれば、東京方面からのアクセスが格段によくなる。秦野丹沢SAは「道路の上の観光拠点」として計画されていて、表丹沢の玄関口としての機能が期待されている。サービスエリアで丹沢の情報を手に入れて、そのまま山に向かう。下山したら蔵元に寄って、SAで休憩してから帰路につく。そういう新しい動線が、もうすぐ現実になる。
秦野は、東京から1時間の場所に1,491メートルの山がある街だ。235メートルの散歩道もある。キャンプ場もある。名水百選の湧き水もある。そして明治元年から続く酒蔵がある。
表丹沢の山を歩いて、蔵元の酒を買って帰る。それが秦野の登山だ。山の名前がラベルに書いてある酒を持って、電車に揺られて帰る。翌日、家であの山を思い出しながら杯を傾ける。そのときまで、山は続いている。