秦野の春 — 桜と新酒と、蔵開きの季節

秦野の春 — 桜と新酒と、蔵開きの季節

3月の終わり、秦野盆地に桜が咲く。

弘法山公園の約2,000本のソメイヨシノが一斉に開くと、山全体がピンク色の雲に包まれたように見える。その時期、金井酒造店の蔵では今シーズンの仕込みが終わりに近づいていて、しぼりたての新酒が次々と搾られている。

桜と新酒。どちらも春にしかない。どちらも時期を逃すと一年待たなければならない。この2つが同時に体験できるのが、春の秦野を訪ねる最大の理由だ。

東京から70分。日帰りで、桜を見て、新酒を買って帰れる。この記事では、春の秦野を楽しむための具体的な情報を書く。


目次

弘法山の桜 — 「かながわの花の名所100選」

弘法山公園は秦野駅から徒歩でアクセスできる低山(標高235m)で、「かながわの花の名所100選」に選ばれている桜の名所だ。約2,000本のソメイヨシノが山の斜面と尾根筋に植えられていて、満開時の景色は圧巻。

桜の見頃は例年3月下旬〜4月上旬。東京の桜より数日〜1週間遅れることが多い。これは秦野盆地の朝晩の冷え込みが影響していて、都心で桜が散りかけた週末に秦野を訪ねると、ちょうど満開という幸運に出会えることがある。

弘法山の桜が特別なのは、桜を「見上げる」のではなく「見下ろす」体験ができることだ。権現山の展望台に立つと、足元に広がる桜のキャノピーの向こうに秦野盆地のパノラマが開け、空気が澄んでいれば富士山が桜の上に浮かぶ。この構図を見るために毎年通う写真愛好家もいる。

スポット 桜の見頃 特徴 所要時間
弘法山公園(浅間山〜弘法山) 3月下旬〜4月上旬 約2,000本。見下ろす桜×富士山 縦走約2時間
水無川沿い(秦野駅〜カルチャーパーク) 3月下旬〜4月上旬 川沿いの桜並木。散歩に最適 片道30分
秦野カルチャーパーク 3月下旬〜4月上旬 広場でお花見OK。芝生あり ゆっくり1時間
頭高山(ずっこうやま) 4月上旬〜中旬 八重桜。ソメイヨシノの後に見頃 周回約1.5時間

弘法山は標高が低いため、登山装備は不要。運動靴で十分歩ける。ただし花見シーズンの土日は混雑するので、午前中の早い時間帯がおすすめだ。


新酒の季節 — 蔵ではいま何が起きているか

春は酒蔵にとって一年で最も忙しい時期の終わりだ。

日本酒の仕込みは10月〜翌年3月がメインシーズン。寒い時期に低温でゆっくり発酵させることで、繊細な味わいを引き出す。12月から2月にかけて仕込まれた醪(もろみ)が3月〜4月に次々と搾られ、新酒として出荷される。

金井酒造店の蔵でも、春は搾りの季節だ。醪を搾る作業が続き、搾りたての酒は微かに白く濁り、口に含むとピチピチとした微発泡感がある。この「しぼりたて」は火入れ(加熱殺菌)をしていない生酒として出荷されることが多く、フレッシュさと若さが最大の魅力だ。

しぼりたての新酒は、桜と同じで「今だけ」のものだ。冷蔵保存が必要で、時間とともに味が変わる。春に買って春に飲む。これが新酒の正しい楽しみ方だ。

新酒の味わいは、同じ蔵の通年商品とは性格が異なる。白笹鼓の通年品が「バランスの取れた穏やかな酒」だとすれば、新酒は「若さゆえの荒々しさとフレッシュさが同居した酒」だ。どちらが良いという話ではなく、季節によって違う顔を見せるのが日本酒の面白さであり、蔵を訪ねる理由になる。


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蔵開き — 年に一度の酒蔵体験

酒蔵の「蔵開き」は、仕込みが一段落した春に開催されることが多い。蔵の中を開放し、普段は見ることのできない醸造設備を公開し、試飲や限定酒の販売を行うイベントだ。

蔵開きの魅力は「酒が造られる場所の空気に触れる」ことにある。仕込み蔵の中に入ると、麹の甘い香りが漂い、タンクの中でまだ発酵が続いている醪の音が聞こえる。この体験をすると、瓶に入った酒の味が変わる。正確に言えば、味覚は同じでも「ああ、あの蔵のあのタンクから出てきた酒なんだ」という実感が加わり、解像度が上がる。

蔵開きでは通常、その蔵の全ラインナップを試飲できる。白笹鼓の大吟醸(¥3,300/720ml)から本醸造(¥1,177/720ml)まで、一度に比較できる機会はなかなかない。さらに蔵開き限定の酒が出ることもある。搾りたての生原酒や、タンク違いの飲み比べなど、この日だけの酒を目当てに来る常連も多い。

蔵開きの日程は毎年変わるため、金井酒造店の公式サイトやSNSで事前に確認することをすすめる。

名水と桜 — なぜ秦野に名水があるのか

秦野市は環境省「名水百選」に選定された「秦野盆地湧水群」を有する名水の町だ。丹沢山系に降った雨が地層を通って濾過され、盆地の各所で湧き出している。

この水が金井酒造店の仕込み水でもある。丹沢の伏流水は軟水寄りの中硬水で、やわらかさの中にほどよい骨格がある。白笹鼓の特徴である「まろやかさ」の根底にあるのがこの水だ。

春に湧水を巡ると、水量が増えていることに気づく。冬の間に丹沢に降った雪や雨が春先になって地下水位を押し上げ、湧出量が増す。「弘法の清水」は秦野駅から徒歩圏にあり、花見のついでに立ち寄れる。ペットボトルを持参して汲んでいく人の姿も見かける。

桜が咲くのも、名水が湧くのも、酒が仕込めるのも——すべての根っこに丹沢の水がある。春の秦野を歩くと、この「水の循環」が体感としてわかる。

花見と日本酒 — 楽しむための段取り

山を歩く日とお酒を楽しむ日を、頭の中で少し切り分けておくと一日がスムーズになる。弘法山の縦走を楽しむなら、歩いている間に飲むのは水。お酒は山を下りて、水無川沿いやカルチャーパークの芝生といった平坦な場所で腰を据えてから——あるいは宿や帰宅後に——というのが安全で、味わいの面でも理にかなっている。歩き終えて体が落ち着いてからのほうが、酒の繊細な味は素直に届く。

飲むなら平らな場所で、ゆっくり。 急な斜面や下山が控えている場所での飲酒は避ける。下山を終えた公園の芝生なら、転倒の心配もなく腰を落ち着けて楽しめる。 冷酒を用意する。 春の外気温は15〜20℃前後。この温度帯は日本酒の「冷や」(常温)としてちょうどいい。保冷バッグに入れておけば、飲み頃の温度で楽しめる。 小さな酒器を持参する。 紙コップでも飲めるが、口当たりが味に影響する。薄手のグラスか、おちょこをひとつ添えるだけで、桜の下の一杯が格段に美味しくなる。 つまみは軽いもの。 おにぎり、漬物、乾き物。重たい料理より、酒を引き立てるシンプルなものがいい。秦野名産の落花生(殻付き)と白笹鼓の本醸造(¥1,177/720ml)は、相性のいい組み合わせだ。 量は控えめに、車の運転がある日は飲まない。 一合(180ml)もあれば花見酒には十分。もっと味わいたくなったら、秦野駅周辺の飲食店や宿でゆっくり二杯目を楽しめばいい。

春の秦野一日モデルコース

4月第1週の土曜日を想定。

9:00 新宿駅発。 小田急線急行で秦野へ。車窓に丹沢が見えてくるとテンションが上がる。 10:10 秦野駅着。 北口を出て、弘法山方面へ。途中のコンビニで水とおにぎりを買う。酒は帰りに蔵で買うので、ここでは軽食だけ。 10:30 弘法山ハイキング開始。 浅間山→権現山→弘法山の縦走ルートへ。桜が満開なら、最初の登りから桜のトンネルだ。権現山の展望台で休憩。富士山と桜のツーショットを写真に収める。 12:00 弘法山山頂で花見ランチ。 おにぎりを食べながら桜を眺める。下山後に蔵を訪ねるので、ここでは酒を飲まない(飲みたい気持ちは山ほどあるが、酒蔵でちゃんと飲みたい)。 12:30 下山開始。 弘法山から秦野駅方面へ下りるルートを取る。約30分で市街地に出る。 13:30 金井酒造店へ。 秦野駅からバスで約10分。直売所で白笹鼓の新酒・しぼりたてを確認。春限定の生酒があれば迷わず買う。通年商品も並んでいるので、初めてなら純米吟醸(¥1,760/720ml)をおすすめする。蔵開きの日程が合えば、蔵の中を見学することもできる。 14:30 秦野の湧水巡り。 「弘法の清水」や「まいまいの泉」など、市内の湧水ポイントを歩いて巡る。金井酒造店の仕込み水の源流を感じる。ペットボトル持参で水を汲んでいくのも楽しい。 15:30 秦野駅周辺でカフェ or 遅めの昼食。 歩き疲れたら秦野駅周辺で休憩。地元の飲食店で白笹鼓を出している店もある。ここで一杯飲むのもいい。 16:30 秦野駅から帰路。 蔵で買った酒を大事にバッグに入れて、新宿へ。

家に着いたら、買ってきた新酒を冷蔵庫で冷やして、夕食と合わせる。春の記憶とともに飲む新酒は、その日の風景がそのまま味になったような感覚がある。


春×酒×秦野 — 季節が教えてくれること

日本酒には旬がある。野菜や魚と同じように、「今この時期に飲むのが一番美味しい」酒がある。春のしぼりたて新酒は、冬の間に蔵人が手間と時間をかけて仕込んだ酒が、最もフレッシュな状態で飲める唯一の機会だ。

桜にも旬がある。一年のうち、満開の桜を見られるのは10日もない。

秦野の春は、この2つの旬が重なる。弘法山の桜を見て、金井酒造店で新酒を買う。「旬のものを、旬の場所で」——これ以上にシンプルで、これ以上に贅沢な休日の過ごし方はない。

150年以上、金井酒造店はこの土地で酒を醸してきた。丹沢の水を汲み、冬に仕込み、春に搾る。そのサイクルは桜の開花と同じように繰り返され、毎年少しずつ違い、しかし根本は変わらない。

春の秦野を訪ねて、桜と新酒を体験してみてほしい。この町の「水の循環」が、あなたの手元の一杯に繋がっていることを実感できるはずだ。


春の秦野・実用情報

項目 詳細
アクセス 新宿→秦野 小田急線急行 約70分 / 片道約800円
桜の見頃(弘法山) 3月下旬〜4月上旬(東京より数日遅れ)
気温(4月) 日中16〜20℃ / 朝晩8〜12℃。薄手の上着を
弘法山ハイキング 全長約4km、所要約2時間。運動靴でOK
金井酒造店 秦野駅からバス約10分。直売所あり。営業日・蔵開き日程は公式サイトで確認
新酒の時期 2月〜4月。しぼりたて・生酒は売り切れ次第終了

参考文献

- 秦野市観光協会「弘法山公園」

- 環境省「名水百選 秦野盆地湧水群」

- 秦野市「花の名所ガイド」

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